北川一成(グラフ株式会社) | デザイン

日本を代表するデザイナーが提案するロゴマークとオリジナル作品群。
地方と都市、文明と文化、論理と感覚を超え「詠み人知らず」へと至る思考。

マークを製作されたご感想をお聞かせください。

今回は、敢えてマーク自体を元々のカネイリさんの屋号を引用させていただいた上で、カネイリミュージアムショップという取り組みに則した再解釈を加えています。ショップの構想の当初には別な名称案もありましたが、まず何よりも「カネイリ」という言葉自体にインパクトを感じたことが発端です。

ミュージアムショップは、これまでの金入さんの商いの歴史と繋がっていますから、「カネイリ」というお名前を無くしてしまうのが惜しくなりました。そこからショップ名称や、屋号の引用というマークのデザインへとつながっていきました。

ショップは決して東京やニューヨークやロンドンといった都市ではなく、青森県八戸市というローカルにあります。都市の街並は定型化していて、最先端を競い合っているように見えて実は「世界の総コンビニ化」のような事が起きている中、逆に一番尖ってるのは、ローカルではないか?

誰にでも理解できるユニバーサルさを「文明」、地域の人にだけ分かるお祭り・風習・儀式のようなものを「文化」とすれば、カネイリミュージアムショップという取り組みは、文明と文化のバランスを保ててこそ面白くなるものだと考えました。都市と地方、文明と文化、論理と感覚…そんな相対する考え方を超えていくものを目指したんです。

  • マークの下の書体は古いもの
  • 無垢な人が選ぶ書体
  • ダサイと言われないものを作りたい

そのコンセプトが、包装紙などのアイテムにも?

包装紙はマークを並べて繰り返しています。しかし、マークをよく見てみると、左右対称に作られていないことが分かります。非対称だけど、対称に見せようとしています。だからこそ、包装紙を見ると、ことさらマークの非対称性がよくわかります。

パッと見て感覚的に気持ち悪く感じる人がいるかもしれないところですが、敢えてそのままにしてあります。見ているうちに慣れていく…多少のズレが目の前にあっても、全体で俯瞰して良いと思うなら良しとしようと考えたんです。

マーク・包装紙・手提げ・封筒のそれぞれが、少しずつズレを含みながらも、一部分で響き合っている。 包装紙はカラー、手提げは白黒、封筒は淡い水色…それぞれが違う印象を持ちながらも、実際に合わせてみると、どこかしら自然と全体的な調和を保っているように感じられるデザインです。

カネイリミュージアムショップはあくまでセレクトショップですから、主役はお店ではなく商品です。商品を乗せたお皿のように、第一位の存在ではないけれど常に後ろ側に存在しているというのが、納まりが良いのですね。

  • 同じマークを用いながらも、見え方が異なる造形
  • たどっていくと分かるマーク
  • セレクトショップの良い在り方
  • マークの認知

最後に、今回のお仕事で感じたことをお聞かせください。

日本人の文化のルーツの1つとして、和歌について考えることがあります。その中でも特に心が動くのは「詠み人知らず」という考え方です。

海外から芸術や美術といった言葉が流入してくる中で「作り手=詠み人はを知識として知っておかなければならない、それが常識や教養というものだ」という風潮が生まれました。しかし、はるか昔の日本では、ただみんなが好む歌だけが流通していて、誰が作ったかなんて誰も知らないという状況が日常的にあったらしいんですね。その昔、デザインは本当に庶民のものでした。

話を今回のお仕事に戻すと、「東京のヤツらが来て、勝手なことをしてるな」みたいな事にならないと良いなぁって思ってるんです。気がついたらそこにあった、というマークになってほしいんです。変な言い方ですが、地元の人が適当に作ったヤツ…っていう認知が得られたら、とってもうれしいです。

一方で、今回のご縁もあり、GRAPHとして製造しているものをショップに置いていただけることになっています。私たちの会社は印刷屋でデザインもやっていて…これみよがしに「こうだ!」って言えるぐらいに凝ったもの、良いものを作りたいと思っています。ちょっとしたところで気が利いている、服に例えるなら裏地で遊んでいるとか。

けれど、やっぱり大切なのは、手に取って使ってもらえることです。

使い切ったときに美しさが出てくるようなもの。枯れていくこと、朽ちていくことの美しさ。わざと枯れた椿を生けるような「用の美」の感覚でしょうか。

これまでのデザインのお仕事も、この先の展開も、面白いと感じています。

  • ポジティブな違和感は大切
  • デザインの違和感
  • ポジティブな違和感を持たせたい
  • 北川一成の想い