高橋寛子:えんぶり和紙人形

南部地方伝統の冬の祭事「えんぶり」を、一色の和紙だけで創り上げた人形。
凍てつく大地を揺り起こす勇壮な舞に込められた祈りが、形作られています。

えんぶり和紙人形を作られたきっかけは?

小さいころから工作などのものづくりが好きで、人形を作ったり油絵を描いたりもしていました。
27歳、当時の私は独身で、書道教室に勤めていました。

街中に仕事場があったので、地元の祭りであるえんぶりも中心街でしか見たことがなかったのですが、ある日長者山新羅神社という中心街から少し外れた場所で、えんぶりを見たんです。

そこで感激した私は、タクシーで急ぎ帰宅し、感激を忘れないうちにと人形を作りはじめました。
きっと作れるに違いない、という妙な自信があったのを憶えています。

長者山新羅神社は、中心街から少し外れた小高い山にある神社。南部藩二代藩主・南部直政が延宝六年(1678)に祈願所を建てたのがはじまり。えんぶりや八戸三社大祭などの祭事が行われる。
  • えんぶり人形の材料
  • 和紙をくしゃくしゃに丸める
  • 最初に作ったえんぶり人形
  • 最近のえんぶり和紙人形

その時、えんぶりのどんな場面を見たんですか?

雪が程よく降っている夜でした。かがり火が焚かれ、その中から大地を踏みしめるえんぶりの列が境内へと入ってきたんです。馬をかたどった烏帽子をつけた首を傾け、金輪を付けたジャンギという棒を振り鳴らし、大地を踏みしめる太夫(踊り子)たちを、私は見ました。

その時、ふと「この土地の人たちは、昔から神様に祈り続けてきたのだ」という強烈なインスピレーションが湧いたんですね。

最も厳しく凍てつく2月です。「神様起きて下さい、良い恵みをお与えください」と足で大地を揺り起こす様子は、昔から続いてきた祈りの形そのものだと感じたんです。

えんぶりは、元々は田楽の一種であったとされる。現在では「長えんぶり」「どうさいえんぶり」の2種類があるが、後者には今も土を耕す動作などが残っており、五穀豊穣の祈りが込められている。
  • えんぶり和紙人形の作業場
  • えんぶり和紙人形
  • 素材の感触を1枚の和紙から
  • えんぶりの踊り手の存在感を出す

すぐに形にすることが出来たのでしょうか?

タクシーの中で「あの色とあの柄の和紙を組み合わせれば出来るに違いない」と考えていたのですが、実際に様々な和紙を組み合わせて作ってみた時に、その考えは甘かったと知りました。現場で感じた神聖さや祈りの感覚とは、程遠かったのです。

さんざん悩んだ挙句、一色の和紙だけで作ることが良いことに気づきました。

私はえんぶりの見た目ではなく、祈りを形作ろうとしていたんですね。魂に似た何か。それを表現するには、ただの無地とも言えるぐらいの和紙一色で作ることがぴったりだと、私には思えたのです。

  • 表現するものが形ではなく祈り
  • えんぶり和紙人形の足
  • えんぶり和紙人形の袖の部分

これからの創作活動の目標は?

はじめのうちは1年に1体しか作りませんでしたが、 現存するえんぶり和紙人形は230体ほどです。これからも作り続けていきたいと思います。

ものを作ることは、何かを願い祈ることに似ているように感じます。人形を作ることは、えんぶりを踊ることと同じ気持ちがするんです。「こうありたい」という祈りがあるからこそ、私はものを作っているんじゃないかって。

人形を作ること自体、誰からの指導もなく始めました。祈りの気持ちがある限り、そのかたちを追い求めていきたいと思います。

  • 作業場から見える庭
  • 作業場の玄関
  • 高橋寛子