針生和馬(堤焼乾馬窯) | 堤焼

300年の歴史を今に伝え、海鼠と例えられる模様が特徴の堤焼。
継承するただ一軒の窯・堤焼乾馬窯は、その歴史を今日も焼き込めています。

堤焼を継がれているのはこちらだけ、と伺いました。

はい、一軒だけです。自分たちがやらなければ、終わってしまいます。

仙台藩が江戸から招いた陶工・三浦乾也に師事し「乾」の一字を許された初代乾馬から数えて、私の父で四代になります。四代乾馬と、私の兄であり長男・久馬と、私・和馬の三人でやっています。

堤町という土地の名前がついていて、ここの土と釉薬を使うことに意味があります。その味や手間、雰囲気を分かってくださる方がいらっしゃるからこそ何とかやっていけていますし、そんなお客様を大切にしてこそ、続けさせていただけるんだと思っています。

堤焼は、江戸・元禄年間(1688〜1707年)に生まれ、300年以上の歴史を持つ。鉄釉に海鼠(なまこ)の色が流れ出したような釉薬が特徴。宮城県知事指定伝統工芸品。
  • 針生さんの工房
  • 職人ならではの試行錯誤
  • 作品に滲み出る個性
  • 家族でも作風は異なる

歴史の重さを、どのように感じられていますか?

もし自分が四代乾馬の一人息子だとしたら、逃げ出したくなったかもしれません。長男である兄の大変さを考えることもあります。

でも、珍しいことではないのです。歴史ある伝統工芸であっても、一軒しか無いところや跡取りがいないところが数多くあるんです。みんな、がんばっています。

伝統工芸の仲間と一緒に展覧会を開いたりしながら、歴史の集大成とも言えるスタンダードな作品と合わせて、新しい挑戦的な作品にも取り組んでいます。堤焼といえば、海鼠(なまこ)です。海鼠があって、はじめて他の何かに挑戦出来るんです。

海鼠(なまこ)は堤焼を代表する表現のひとつ。黒と白の釉薬を二重にする事で器の表面に生じた斑模様が「海鼠の色が流れ出したよう」と評される。
  • 宮城県での展覧会
  • 伝統工芸の後継者不足
  • 展覧会
  • 人々との絆

新しい挑戦に取り組みながら、歴史を守られている…

挑戦と言いながらも、何千年も歴史がある焼き物には、焼かれたことのない形なんて無いとも思います。だからこそ、今ここで出来ることは、やみくもに新しいものを作るのではなく、使っていただく方やお世話になるお店の要望に応えることです。

お客様やお店の方を思いやりながら、長い歴史が育んだ無数のバリエーションの中から適切に選んで作る。たとえばぐいのみでも、大きなもの、広いもの、普通のもの…お客様やお店の方に喜んでいただければ、それだけで良いんです。

ちょっと固い言い方になってしまうかもしれませんし、唐突かもしれませんが…習った場所やお世話になった場所を変えてはいけないと考えているんです。

  • 震災の影響
  • 作り続ける
  • 針生和馬の挑戦
  • 地震の爪痕

場所を変えてはいけない…?

例えば「陶芸」っていう言葉には「芸」がついてますけど、芸って何だろう? って思うんです。自分に芸があるなんて思えませんから。

あるのは芸ではなく、歴史なんです。この場所で堤焼というものを続けてきた歴史があるからこそ、お客様やお店の方に応えられるバリエーションを生み出せるはずだと感じるんですね。それがクリアできて、はじめて新しいことにも挑戦できる。

だからこそ、場所を変えてはいけないんです。何かうまくいかないことがあっても、場所を責めてはいけません。そんな時は、場所を選び間違えた自分を、責めなければいけないと思うんです。だから私は、この場所で堤焼を作り続けようと思うんです。

  • これからもこの土地で
  • 窯の再建
  • 針生和馬の想い
  • 受け継がれる伝統